人材育成計画の心強い参入
気候変動の専門家ではありませんが、現役時代にそれぞれ物性物理学、宇宙科学、海洋学の研究に大きく貢献してきた老大家で、ホワイトハウスの科学政策に影響力をもつ人物です。
彼らは、気候変動の専門家との討論を経てこの報告書をまとめたのですが、その中で温室効果気体の増加による温暖化予測の不確実性を強調しています。
雲や海洋の役割が充分に解明されていないことを指摘し、特に、過去百年間の気温が太陽活動と対応して変化してきたことを根拠にして、地球の気候が太陽活動に大きく左右されることを主張しています。
21世紀では、温室効果気体の増加による温暖化作用が、太陽活動が衰弱することで相殺される公算が大きいとしています。
結論として、彼らは、「人間活動にともなう温暖化の予測は、現段階で国家政策の基礎とするにしては、あまりにも信頼性が不充分である」と述べています。
「マーシャルレポート」が発表されると、それに対する賛否両論が続出して米国の学界は1時騒然としました。
全米大気研究センターの気候変動研究部門のスティーブン.シュナイダー主任研究員や海洋大気庁地球流体力学研究所のジェリー.マールマン所長らは、現在の温暖化予測に不確実性が残っていることを認めながらも、太陽活動にも同様な予測の不確実性があることを強調し、温室効果を過少評価した「マーシャルレポート」が、「現在の科学的知識を正しく認識しないで、政治的立場から書かれた『汚れた科学』だ」と酷評しました。
一方、「マーシャルレポート」を支持する声が、気候変動の専門家からあがりました。
マサチューセッッエ科大学の気象学教室のリチャード.リンゼン教授とリジナルド.ニューゥェル教授やカリフォルニア大学のスクリップス海洋研究所のジェローム.ナマイァス主任研究員は、当時のブッシュ大統領に手紙を出して、「マーシャルレポートの内容を全面的に支持する」と訴えました。
「マーシャルレポート」が米国政府の政策に大きい影響を与え、その結果、リオデジャネイロの地球サミットで諮られた「気候変動枠組み条約」が骨抜きにされたことは疑問の余地が太陽活動の指標として、黒点数は古くから注目されてきました。
太陽黒点は西暦紀元前にすでに知られていたことが、中国の古文書に残っています。
黒点数が約1年の周期で変化するなど、太陽は明らかに変化していて、それにともなって地球への日射も変化していると考えられてきましたが、実際に日射がどの程度に変化しているかを確かめることは、1978年から始まった人工衛星による宇宙からの観測で可能となりました。
太陽活動「マーシャルレポート」の最大の根拠である太陽活動の影響は、古くから研究が進められてきましたが、地球に降りそそぐ日射の予測は難しいのが現状です。
地球の気候が太陽からの日射に支配されていることは、確かなことで、疑問の余地はありません。
海洋の影響も取り入れた最近の数値シミュレーションでは、日射が1%だけ増えると仮定すると、地球全体の気温が1℃程度高くなることが示されています。
実際にどの程度の大さで、古くから用いられてきた太陽活動の指標は黒点数です。
太陽に関する研究が始まったのは、今から約4百年前です。
そのころ、イタリアのバドュァ大学の数学教授であったガリレオ.ガリレイが、手製の望遠鏡で太陽を初めて観測しました。
彼は、それまで完全無欠だと信じられてきた太陽にも「しみ」、すなわち黒点があることを確認しました。
一方、中国では、西暦紀元前に、すでに肉眼で黒点を観察した記録が残されています。
その記録の中には、太陽面を横切る水星の影を黒点だと誤認したこともあっこの太陽黒点が約1年の周期で増減していることを、9世紀の半ばに発見したのは、ドイツのハインリッヒ.シュワーベです。
ベルリン大学で勉強の後、故郷のデッソーヘ帰っています。
太陽放射が大気圏に入射する直前の日射の強さは「太陽照度」と呼ばれていて、地球大気による反射や吸収に作用されない状態での日射の強さです。
この「太陽照度」は、地球の気候にとって重要ですから、ぜひ何とかして求めようと昔から科学者は努力してきました。
人工衛星ができて地球圏外から日射を大気の影響を受けない状況で観測できるようになるまでは、大気の影響の少ない高山での観測が続けられてきました。
天文学者のルドルフ.ウォルフは、太陽活動の目安として、太陽黒点数そのものではなく、相対値または「ウォルフ数」と呼ばれる指標を提案しました。
太陽面に見える黒点は、ふつう、1つずつ孤立して現れるのではなく、複数の黒点がグループとなって出現します。
そのために、ウォルフは、グループの数を倍した数値と黒点の総数との和に比例する数を、相対数として定義することを提案しました。
これが、「ウォルフ黒点数」で、現在でも広く用いられています。
1600年代以降の太陽黒点のウォルフ数の推移を、61に示しました。
ウォルフは、中国の古文書などに残されている古くからの黒点数の記録を調べ、7世紀から8世紀の初めまでの数年の問に黒点数が異常に少なかったことを、見出していました。
その後、この黒点数の少ない時期の状況を、英国王立天文台のE.W.マウンダーが詳しく調べて確かめたので、1645年〜1715年の7年の間の黒点数が異常に少なかった時期は、「マウンダー極小期」と呼ばれるようになりました。
マウンダー極小期には、テームズ川が全面凍結するなどョ−ロッ.ハの気候が非常に寒冷であったので、特に、太陽活動と気候の関係を示す証拠として注目されました。
太陽黒点数と太陽照度の関係が確かめられる以前に、高さ100キロメートル以上の電離圏や磁気圏の現象に関して、黒点数の多い場合には太陽活動が活発であることが観測から分かつ磁針の指す北は、必ずしも北極の方を向く方向とは一致していません。
この2つの方向の間の角度が1年周期で変化していることは、9世紀の半ばに発見されました。
1960年代の人工衛星観測により、この現象の原因は、太陽活動による地球磁気圏の変動であることが確認されました。
また、黒点数の多いときには、オーロラの発生頻度が多くなることも古くから知られていました。
オーロラは、「太陽風」と呼ばれる太陽から地球に降りそそぐ微粒子の流れに関係していることが、衛星の観測から確かめられました。
黒点数の多いときには、太陽風が強くて地球大気はその衝撃を頻繁に受けるので、オーロラの発生頻度が多くなるのです。
このように、超えました。
地上付近の気候が、黒点数の変化にともなってどのように変化するかは、古くからの関心事でした。
1910年代に、観測データによって確認しようと試みたのはロシア生まれの気候学者のW.ケシ。
ヘンです。
彼は、もともと生物学者で、生物の分布から気候の合理的な分類を提案しましたが、これが、現在でも使われている「ケシ。
ヘンの気候分類」です。
ケシ.ヘンは、黒点数の多い年には日射が強いので気温も高いだろうと考えて、それを実際の熱帯の気温観測データで確認しようとしました。
彼が熱帯の気温に着目したのは、「中緯度や高緯度では低気圧や高気圧のために日々の気温が激しく変化するので、太陽活動の影響を見つけることは難しいだろう。
一方、日々の気温変化の少ない熱帯のデータを調べれば、太陽活動の影響がよく現れているだろう」との考えからでした。
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